ドミナント戦略によるチェーン店舗展開が特徴:イトーヨーカ堂 その2

12月 12th, 2011

ハトの図案のコーポレーテッドマークの大きな広告塔のあるイトーヨーカドーは、郊外駅周辺のランドマークのようでもあり、とくに関東圏では馴染みのある店舗であったと感じられます。 最近では、セヴン&アイ・ホールディングスに組織変更から店舗名を変えてしまったことも、次第に見慣れてきているようです。 しかしながら、とくに南関東の一都三県エリア(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)以外では、イトーヨーカドーの名は、とくに関西圏ではそれほどポピュラーなものではありません。 北陸、山陰、四国、九州、沖縄の各地方には、イトーヨーカドーの店舗は存在しません。 スーパー業界の二大勢力として、シェア争いを熾烈に繰り広げているイオンが全国に店舗網を展開しているのとは好対照といえます。 これは、イトーヨーカドーが「ドミナント戦略」による店舗展開を採用しているからです。 全地域に網羅的にチェーン展開で店舗を出店させるという考え方ではなくして、特定の商業的優位性のある地域に重点を置き、集中的に様々な形態、規模の出店をさせるという戦略的です。 このことによって市場占有率を高めて、売り上げと効率性アップによる収益性を上げているのです。

世界一給与の安いCEOが再帰してブランドのステップアップ:アップル社 その5

11月 14th, 2011

1980年代後半にスティーブ・ジョブスが解任されて以降、1990年代にアップル社は深刻な業績不振の陥ります。 抜本的な立て直しが求められ、スティーブ・ジョブス氏は再びアップルに迎えられ、2000年に正式にCEOに就任して復帰を果たします。 CEOに就任しましたが、同氏は基本給与を年1ドルしか受け取っていなかったことで「世界で一番給与の安いCEO」と言われています。 そして再び創業時の原点の回帰したかのように、新しい技術開発の強化に乗り出します。 2001年から2003年にかけてMacintoshのOSをNeXTの技術を基盤としたMac OS Xへと切り替えました。 そしたスティーブ・ジョブス氏は、iPod・iPhone・iPadといった時代を変える画期的な一連の製品を発表します。それらの製品は、現在も世界中に普及、さらに進化を続けています。 それを軸に、アップル社を従来のパソコン企業から、デジタル家電とメディア配信と事業拡大して、そのブランドを強化確立させました。

卓越した開発者で起業家ではあったけれど・・・:アップル社 その4

11月 7th, 2011

スティーブ・ジョブス氏が、高いIQと卓越した能力のある科学技術者であったことは想像できますが、それが大衆化されて企業のプロダクツに適した製品であるのかを問いながら、鋭い時代感覚と事業化への目的意識を持った開発者であったともいえるのではないでしょうか。 若い意欲的な研究者であった頃、ジョブス氏は、一人のスペシャリストが夢中になれる技術ならば、100人の一般人を夢中にできることが可能なはずと、つまりは専門知識とノウハウが必要な高度な技術でも、それが簡単に手の届くテクノロジーとして大衆化されれば、多数がそれを求めるようになるに違いないという信念を持って、開発の狙いを絞っていたのです。 ジョブス氏が開発したアップル社の、マッキントッシュコンピューターは世界をリードしてきました。 しかしながら、そのアップル社は80年代に一度は、同氏を経営者から解任します。起業家ではありましたが、企業家としては周囲から失格とされたのかもしれません。 そしてまた同氏はまた復活を果たします。

抜きんでていたのはハイテクノロジーを大衆化した能力:アップル社 その3

10月 28th, 2011

スティーブ・ジョブス氏は、20代でマッキントッシュのコンピューターを自宅のガレージで開発した、といわれても一般庶民としてはなかなか理解できないいし、その技術の評価、価値の大きさはピンときません。 理解できるのは、彼はそれによってアップル社が起業されて成功し、世界の長者番付に乗るような巨額の富を20代で得ることのなったという事実です。 彼が生まれながらの天才であったとしても、おそらくは、彼に匹敵する有能で高いIQを持つ人間も存在したでしょう。そしてシリコンバレーには、すでにコンピューターに関する多くの世界の最先端を走る研究も技術開発も存在していたように思えます。 なにが彼だけを抜きんでた能力を発揮して、世界を変える製品を生み出す起業家とさせたのでしょうか? 私達には技術的なことは到底理解できないにせよ、アップル社の企業展開を視ることによって、それは最先端に進化したハイテクノロジーが、大衆化、ポピュラリティーを獲得するパワーをみせられてきたように思います。 いかに優れた先端技術であっても、実用化され、しかも大衆化されなければ、時代の脚光を浴びる商品にはなりえません。 庶民が手の届く価格で、ポータブル、そして速く快適な操作性、それにシンプルと同時にファッショナブルなビジュアル。それでいてハイテクの機能。 そのような大衆商品価値を、パフォーマンスにするコンピューターの開発を彼は最初から意図してきたのではないでしょうか。

テレマーケティングでのシナジー効果:IPネットサービス その1

10月 21st, 2011

経営学上の用語で、かなり前からよく使われている言葉で「シナジー効果」があります。 シナジーとは、2つ以上の要素が相互作用で個別の価値以上の価値を生み出す効果のことで、つまりは相乗効果のことです。 とくに近年の企業の構造改革による協同事業、あるいは企業合併で、それぞれの利益の合算よりも相乗効果によるプラスがあれば、それはシナジー効果があったといえるわけです。 主には、ある分野に特化した強みを持つ企業同士が、互いに弱点を補う効果が合併やコラボレーションで生まれる場合が多いかもしれません。 また、一方で、外部委託できる事業は、すべて外に出してスリム化とコスト削減効果をあげる、アウトソーシングの有効活用も、この不況下での、企業の構造改善努力のなかで大きく採りあげられてきました。 このアウトソーシングが、単なる下請けへの丸投げ外注ではなくて、テレマーケティングに対する幅広いノウハウを基礎に、企業の持っているポテンシャルを引き出すシナジー効果をと訴えるのが「IPネットサービス」です。

世界を変える開発と企業はカリスマ性だけでは説明できない:アップル社 その2

10月 18th, 2011

故スティーブ・ジョブス氏の伝記、評伝、語録など、これまでもあったけれど、今後さらに数多く出版されるでしょう。カリスマ性を持った人物像として伝説化された偶像視するようなものも多いのは、それだけ業績が傑出したものであることと、人を惹きつけるなにかを持った人物だったことを窺えるからでしょう。 でも、これからはもう少し客観的に彼の個人的な思想にも、またアップル社の創設からの経緯が、これからの世界に与える影響含めて、ほんとうの意味での評価がなされるのではないでしょうか。 彼一人の力ではもちろんないのですが、パーソナルコンピューターでの起業で、世界に普及させたことは、今後の人類社会の方向を先導し、指し示したと言ってもいいのではないでしょうか。 アップルコンピューターを開発して、アップル社の共同設立者であったジョブスは、成功を収めて20代ですでに世界の長者番付に乗る巨万の富を得ますが、1981年にはアップル社から経営解任されます。企業経営者としては、不適格であったのかもしれません。 しかしながら、報酬1ドルのCEOとしてアップルに返り咲いた同氏は、iTunes、 iPod、iPhone で、業績不振下降ぎみのアップル社を建て直しました。

世界を変えたジョブスの業績と今後の動向:アップル社 その1

10月 14th, 2011

スティーブ・ジョブ氏の訃報は世界中でニュースとして流れました。日本でもアップルストアの前に献花するファンがいたり、ニューヨーカー達がショックを受けたとインタビューされるテレビ画像で視られました。 パーソナルコンピューターの開発者としてだけではなくて、有能な起業家でもあり、その熾烈で破天荒ともいえる生き様と言動でも注目されて、信奉者を生むほどのカリスマともいえます。 1955年生まれで、享年56歳とはあまりに若く、劇的な人生だったのではないでしょうか。 ひとつの発明が、その後の世界に潮流として変革を産みだすと同時に、巨大企業を起こし、産業構造まで歴史的な変化をもたらしたのは、同じ20世紀初頭のアメリカ合衆国の発明家で起業家だったトーマスエジソンに比較されます。 たしかに知れば知るほど魅力的な人物と思えますし、また謎も多い人物でもあります。今後は彼の生前の業績がより客観的に見直されると思えますし、彼の世界に残した遺産ともいえるアップル社の今後の展開が注目されます。

エキスプレッソのコーヒーの香りが包み込むトータルブランドイメージ:スターバックス その4

10月 13th, 2011

ユーザーからの立場で、フランチャイズされたチェーン店の良さ、便利さは何かといえば、まずどこにでも利用したい立地に店があって、メニューはどこも同じで、同じようにリーゾナブル、同じような味で、どこでも馴染みのよく行くアットホームな感覚で迷わないですむ、落ち着けるということがあると思います。 当然、そこには個人差、好みもあるわけですが、一回経験して、とくに問題ない、むしろ気に入ったとなれば、何回でも、またどこにでもその看板あれば、利用する、半ば習慣にさえなるでしょう。 看板や食器、カップ、包装等のサイン(この場合は標識の意味)のデザイン統一は重要でフランチャイズの識別だけでなく、店内の内装インテリアのファクターであり、ユーザーへのブランドイメージを具現化するものだからです。 アメリカの家庭のコーヒーとは一味違う、ちょっとスペシャルなシアトル風とも呼ばれるエキスプレッソのコーヒーの味だけでなく、その店の統一された雰囲気から、従業員の接客態度も含めてのトータルなブランド構築がスターバックスにはあります。

カフェのユニークなスタイルで全世界に店舗展開する:スターバックス その2

9月 28th, 2011

いまや、日本国内の都市部の街頭の景観として見慣れたスターバックスのカフェ店舗の特徴は、以下のことが挙げられます。 1.道路に面したオープンテラスがあること 2.開放的で落ち着いた印象の内装インテリアと店内の雰囲気 3.店内全面禁煙(テラスは喫煙可、店舗によっては不可の場合もあります) 4.よく教育された店舗スタッフのさりげなくフレンドリーな接客 スターバックス は、1971年にアメリカ合衆国ワシントン州シアトルで開業以来、しだいにその独自のスタイルを築き上げ、今では世界43の国と地域で営業展開しています。 エスプレッソコーヒーをメイン商品としてテイクアウトと歩き飲みが可能なカフェという形態もユニークで、これをシアトルスタイルと米国内でも呼ばれてブーム化したそうです。 店名の由来は、シアトル近くのレーニア山にあったスターボ採掘場の名前と、米近代文学作家メルビルの小説『白鯨』に登場する一等航海士スターバック (Starbuck) の名の両方からとられたといわれています。 マグカップ等に描かれる特徴的なロゴにはギリシャ神話に登場する人魚の顔がモチーフに使用されています。

日本人のライフスタイルも変えた国際標準の喫茶店:スターバックス その1

9月 25th, 2011

日本に初めてヨーロッパのカフェを模した本格的な喫茶店が開店したのは1888年東京でということになっています。ハイカラで先進的な都市文化の象徴だったのかもしれません。 その後、1920年代に最初の喫茶店大衆化、カフェのブームがあって、その後はすっかり日本の都市文化に定着して、現在に至る日本的な喫茶店の発展がありました。 食事や飲酒よりもコーヒー、紅茶等の喫茶を提供することを主とする飲食店で、待ち合わせをしたり、デイトしたり、主には複数の人々の集まる語らいの場であったでしょう。 しだいに喫茶店に求める人々のニーズも多様化して、喫茶店の形態にも変化多彩になっていく、独りで時を過ごす、セルフ式コーヒーをリーゾナブル価格で提供するチェーン店のドトールは1980年代に誕生してその後、全国展開するようになり、現在では、国内最大店舗数と言われています。 その中で、1990年代に入って、北米のシアトルから進出したスターバックスは、急激に日本国内に店舗を拡げて、日本には新しい喫茶店像を、いや新しいライフスタイルを持ち込んだようにも思えます。